熊本地方裁判所 昭和23年(行)14号 判決
原告 岡武六 外五名
被告 熊本県知事 外二名
一、主 文
原告等の請求を棄却する。
訴訟費用は原告等の負担とする。
二、事 実
原告等訴訟代理人は「被告熊本県知事が昭和二十二年十一月十五日に為した熊本県球磨郡湯前町農地委員会解散処分は無効であることを確認する。被告桜井三郎及び同大坪藤一は連帯して原告岡武六に対し金一万円、その他の原告等に対し各金五千円を夫々支払え。訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決並びに右金員支払の部分につき仮執行の宣言を求め、その請求原因として、原告岡武六は昭和二十二年二月二十日熊本県知事により農地調整法第十五条ノ二第二項但書の規定に基き、同町農地委員会の会長に選任せられた者で、その他の原告等はいずれもこれより先昭和二十一年十二月実施の同町農地委員選挙において当選した同町小作層代表農地委員であるが、被告熊本県知事は昭和二十二年十一月十五日熊本県農地委員会よりの請求に基き同町農地委員会の解散を命じた。ところで被告知事が右の如き挙に出た経緯を考察するに前記湯前町においては、先に小作人四百余名を以て設立せられた原告等を幹部とする同町小作人組合があり、右組合は専ら農地改革の徹底と農村民主化を目標とし、共同販売購買事業その他の文化活動を行つて来たが、これに反感を有する同町の町長で酒造業者である豊永鶴一外数名を主謀者とする地主及び非農家の一部は、云わば地主組合とも称すべき保守的な同町農民組合を別個に組織し、爾来事毎に右小作人組合に対立し、其頃同町役場及び農業会の幹部役員等が全部右農民組合系の者で占められていたにもかかわらず、同町農地委員会長のみが小作人組合に属する原告岡武六であることに反感を抱くの余り、同原告を右地位より排除しようと企てるに至り、先ず地主浜崎前外数名において、原告岡武六が前記の如く熊本県知事により適法に選任せられた同町農地委員会長であるにもかかわらず、右選任は正当に行われたものではない旨その他幾多虚構の事実を同町々民に宣伝する一方、熊本地方裁判所人吉支部に其旨主張して同原告を相手とする仮処分を申請し、同原告の農地委員会長の職務執行停止の仮処分決定を受けてこれを執行し、同様更に人吉簡易裁判所に同原告を相手とする行政処分不存在確認及び損害賠償請求等の訴を提起したが、右仮処分は同原告の異議申立により後に至つて取消されたので、前記豊永鶴一等は右の如く、訴訟の手段により原告岡を其の地位より追うことに失敗するや、更に財力及び公職上の地位等を利用して、政治的手段を以て同町農地委員会を一挙に解散しようと迄企図するに至り、其頃同町々民に対し原告等を以ていずれも、共産主義者で右思想の宣伝に努め、又は同町の平和を紊し秩序道徳を破壊し、引いては流血の惨をも惹起せしめる虞れがあるとなし、特に原告岡武六はその地位を利用し、地主等の権利を不法に侵害し、又は収賄によつて生活しているなどすべて虚構の事実を宣伝し、以て原告等を非謗すると共に、右豊永鶴一は前記町長たるの資格に於て、熊本県農地委員会に対し同町農地委員会に関する熊本県知事宛の解散命令請求決議方の上申をしたところ、右県農地委員等の多数は前記町長の策動に乗じられ同委員会内部において、該解散命令請求の決議を促進せしめ、県農地委員会として同町農地委員会を解散するを相当とする旨の決議を為さしめ、右決議に基き同町農地委員会の解散を被告知事宛に請求したので被告知事は遂に前記解散処分を行うに至つた次第である。従つて以上によつて本件解散処分に至つた事件の真相は明瞭と云うべきであるが、右は又その後原告岡武六が前記豊永鶴一を初めとする主謀者五名を相手とし、熊本地方裁判所人吉支部に昭和二十五年六月三十日同人等の前記非謗行為につき、名誉毀損を理由とする損害賠償及び謝罪公告請求の訴を提起したところ、同事件は同人等の申立により職権を以て人吉簡易裁判所の調停に付され該調停手続において、昭和二十六年六月二十一日同原告に対し連帯して金五万円を同年九月二十日迄に支払うことを承諾し、其旨の調停を成立せしめ、よつて同人等も亦すべて該非謗行為に関する責任を自認するに至つた経緯よりしても十分窺うに足ると云わなければならない。
そこで本件解散処分が適法であるか否かについて見れば、元々被告熊本県知事が該解散処分の根拠とした農地調整法施行令中改正前の第二十八条ノ四第一項の規定は同知事に対して所云自由裁量の権限を付与するものではなく、右が単に法規裁量の権限を認めたにすぎないと解すべきことは、昭和二十二年二月二十一日付農林省農政局長より各地方長官宛の農地調整法施行令改正に関する通牒中「元来市町村農地委員会の委員で、農地改革を妨ぐる者に対してはリコールを活用することができるが、右リコールも困難な位小作人の力が弱いところでは農地改革を促進するため特に農地委員会を解散し、委員を改選すべきである。」旨の説明に徴しても明瞭と云わなければならない。従つて同町農地委員会に農地改革上の成績が甚だしく不良であると認むべき特段の事由がない限り、単に些末な事務上の手落をとらえて、その解散事由となし得ないことは勿論である。にもかかわらず従来被告等によつて発表せられた本件解散処分の理由と云うのは「同町の農業事情を更に前進せしめるため」(朝日新聞発表大坪県農地部長談)、「農地改革を更に前進せしめるため」(西日本新聞発表同部長談)或いは「湯前町の平和の為」(日農熊本県農民連盟書記長に対する同部長談)等の抽象的辞句にすぎぬから、これらを以ては到底本件解散処分の正当の理由を肯認し難い。却つてこれらを前記事件の真相と綜合して見れば、本件解散処分には熊本県知事によつて前記法規裁量の趣旨に著しく反してなされた違法があること明瞭であるから本件解散処分は当然無効と云わなければならない。
次に被告桜井三郎は当時熊本県知事、同大坪藤一は同県農地部長の各地位に在つた者であるから、同被告等がその職務上前記農林省当局の通牒の趣旨を了知していたことは云うまでもない。従つて前記の如く熊本県知事が同県農地委員会から同町農地委員会解散命令の請求を受けた場合、同被告等としては該事実の重大性に鑑み特に公正な態度を以てこれに臨み、よつて前記事件の真相を把握し、其際当然該請求を拒否すべきであつたにもかかわらず、右両被告は何等右の如き挙に出でなかつたばかりか前記の如き事情は総て之を了知しながら却つて前記豊永閉一等の策謀に応じ、極力解散手続を促進し、以て各自その職権を濫用して本件解散処分をなさしめた。一方原告等はこれによつて甚しくその名誉を毀損せられ、いずれも精神上相当の苦痛を蒙るに至つたが、右損害はこれを原告等の前記各地位に徴すれば、原告岡武六においては金一万円、その他の原告等においては各金五千円を下らないので、右両被告は共同して原告等に対し不法に該損害を加えたものに外ならないから、当然連帯して原告等の右損害を賠償すべき義務がある。よつて被告熊本県知事に対し本件解散処分の無効確認を求めると共に、同桜井三郎及び同大坪藤一に対し連帯して原告岡武六に金一万円、その他の原告等に各金五千円の支払を求めるため本訴請求に及んだ旨述べ、被告等の答弁事実中その主張の日被告熊本県知事が熊本県農地委員会から湯前町農地委員会解散命令の請求を受けたこと、及びその主張の如く二回に亘り部下職員をして実情を調査せしめたこと、同町青年団及び一部小作層農民代表等からいずれも被告等主張の日に、同町農地委員会解散方に関する同知事宛の上申がなされたこと並びに同町農地委員中被告等主張の委員等がその主張の日に連袂して辞職の申出をなし、被告熊本県知事がその主張の如く農地部長大坪藤一を同町に派遣し、更に実情を調査せしたことは認めるが、爾余の点はすべてこれを争う。即ち(一)前記小作人組合と農民組合とが対立的であつたことは認むるが右は前叙の如き両組合の性格上の差異から来る当然の帰結であつて農地改革法の生んだ必然的歴史的現象に過ぎない、(二)湯前町農地委員会には責任を問はれる程の事務渋滞は無い、(三)同委員会の議事が常に五対五で対立したため原告岡が独裁的に裁決したようなことはなく同原告が裁決を要したのは第三次買収計画の場合二回あつたに過ぎない、(四)農地調整法に基く許可申請事項につき情況具申又は双方意見上申の方法をとつた事例はあるにはあつたが、右の如きは要するに例外的の取扱である上右具申等の手続は専ら委員会内部の摩擦を避ける趣旨であつた。(五)会長岡武六が病気休養し前記仮処分による職務執行停止を受けた場合以外には未だ嘗て右会長代理を必要とする程の故障もなかつた。尚其の際会長代理を置かなかつたのは右仮処分の取消が直ちに予想されたのと予て右代理の選任によつて地主階級の攻勢に乗ぜられない様熊本県農地部関係官から注意せられていたためであつて、委員対立のため会長代理が選任できなかつたためではない。(六)又同町農地委員会の議事録が欠如しているのは昭和二十二年三月一日以降同月十四日迄の都合四回分にすぎなかつたが、右も亦原告岡武六が非常勤の職員であること及び同原告が昭和二十二年二月二十八日会長の辞令を受領するや否や、関係庁より買収計画を早急に樹立するよう催告されたため、同委員会の係書記土屋某に委員会開催の準備等を一任したところ、同書記が議事録を作成しなかつたためであつて、同議事録不備の責任をすべて同原告にのみ負わしむべきではない。むしろ右事実を同書記が農民組合系の者であることと考え合せると、前記議事録の不備それ自体が同原告を蹉跌せしめるために行われた一手段であつたとも解し得る。(七)次に同農地委員中の五名が辞表を提出した事情は元々同委員等は原告岡の職務執行停止の仮処分を申請した前記農民組合所属の者であり、前叙の如く訴訟上の手段により原告等を失脚せしめようとした企図が失敗に帰した上、前記豊永町長の名義で提出した解散命令請求の上申書も容易に効果を発生する模様がなかつたので、被告知事をして前記農地委員会に対する解散命令を出さすための脅迫手段であると同時に農地改革事務の促進を妨害するための手段でもあつた、以上を要するに、被告等の主張事実はすべて本件解散処分の正当づける理由とはならない旨述べた。
(立証省略)
被告等訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、原告等主張事実中原告岡が被告熊本県知事により同町農地委員会長に選任せられ其の余の原告等が同町農地委員に当選した者で、同町に原告等を幹部とする小作人組合がある外農民組合が存していたこと、訴外浜崎前外数名が原告岡武六を相手とし熊本地方裁判所人吉支部に仮処分を申請し、原告等主張の如き仮処分決定を得てこれを執行したこと及び町長豐永鶴一が熊本県農地委員会に同町農地委員会の解散請求決議方の上申をなしたこと、右県委員会が被告熊本県知事に対し同町農地委員会の解散請求をなし、被告知事が右請求に基き昭和二十二年十一月十五日原告等主張の解散命令を発するに至つたこと及び当時被告桜井三郎が熊本県知事、同大坪藤一が同県農地部長の各地位に在つたことは認めるが、その他の事実はすべて争う。
先づ本件解散命令による処分を受けた者が同町農地委員会であつて原告等でないことはその主張自体に徴し明かであるから右解散命令の効果は同農地委員会が其の保有する公権を喪失するか否かとゆう点に於て現はれるのであつて原告等か本件解散処分により何等直接の法律関係に立つことはない。尤も原告等が該処分により農地委員としての身分上に事実上の影響を蒙ることは避け得ないであろうが、右は云わば当該行政処分によつて生ずる反射的な効力に止まると解するが相当である。従つて右事実上の影響の存在の一事を以て直ちに原告等が該解散処分の無効確認を求めるにつき法律上の利益を有するものと認める事由とはなし難いので、原告等の本訴請求中無効確認を求むる部分は既に之の点に於て失当として棄却せられなければならない。
仮に右主張が理由がないとしても本件解散処分は以下の如き理由により適法且つ正当なものである。即ち(一)前記小作人組合は原告岡武六を、農民組合は町長豐永鶴一を、いずれもその組合長としていたが、右両組合は当初より対立状態に在つた関係上、同町農地委員会も亦その内部において、小作人組合系に属する小作層委員及び農民組合系に属する地主及び自作層委員に裁然と分れたため、同委員会においては先づその設立当初、会長互選に際して五対五に意見が対立し遂にその決を見ることができなかつたので、被告熊本県知事は止むなく前記の如く原告岡武六を右会長に官選したこと、(二)昭和二十二年七月三十一日被告知事は同県農地委員会から前記解散命令を発すべき旨の請求を受け、早速同年八月八日及び同月二十二日の二回に亘り部下職員を現地に派遺し実情調査をなさしめたところ、右調査の結果に徴すれば、(イ)会長選任後の前記両派の対立は何等緩和せられず、却つて益々激化し同委員会の議事は殆んど五対五に対立し、その都度会長岡武六の裁決によつて決せられるの結果を生じ、いきおい小作人組合系の同会長によつて、同委員会は事実上独裁せられる傾向を生じたが、一面各委員等は機械的に抗争するのみで、各自その責任と自覚を欠き、引いて職務上の熱意を失うに至つたこと、その結果として同委員会においては農地調整法第九条第三項の許可申請書を受理した場合は、元来その実情を充分調査しこれが許否に関する結論を見出し、熊本県知事に具申すべきであるにもかかわらず、これを怠り情況具申又は双方意見上申等と称し、慢然当事者双方の意見を報告するに止めた事例が数件に止まらなかつた。又会長自身に病気等の故障があればその事務代行者の決定すら困難であつたから其間同委員会の機能は全く停頓した。要するに同町農地委員会には各委員に非難すべき点があるばかりでなく、既に同町農地委員会全体としてその使命達成上の努力不足が認められたこと、(ロ)同町農地委員会においては元来その議事につきすべて議事録により討議の模様を具体的に記録しておくべきであるのに、該記載を怠り単に「小会議により」、或は「審議を了した。」等の抽象的辞句を以て右記載を省略していた上、議事録中形式上責任者の押印を欠くなどの著しい不備があり、特に甚だしいことには昭和二十二年三月一日より同月十四日迄の前後五回に亘る議事録を全然欠如していた。又その議事内容には総じて会長の説明的な提議が多い一面各委員の発言が極めて尠ないことが窺われるのであつて、その議事運営振りも亦到底妥当とは思われなかつたが、その他事務運営上における幾多の諸欠陥が明瞭となつた。しかし被告熊本県知事は尚も同県農地委員会における事前調査の結果を聴取し、前記仮処分後における情勢の推移を注視するなどして慎重を期し、其間専ら同町農地委員会自体の反省及び努力による自主的な解決方を期待していたのであるが、(三)同年十月三日に同町青年団から熊本県知事宛に同町農地委員会を解散せられたい旨の上申がなされ、次いで同月十日同町一部小作層代表農民からも亦右同様の申出があつたが、もとより同知事はこれらの申出に対して自らその職責上における独自の立場において依然右静観の態度を維持していたところ、同月二十五日同町農地委員西政治外四名がその職務を到底全うし得ないとの理由で連袂辞職の申出をなすに及び、愈々同年十一月五日同県農地部長大坪藤一を更に現地に派遣し同町において農地委員、町長、助役、町会議長、日農全農等農民団体関係者、青年団婦人会幹部等百余名につき具さに該紛争の実情を聴取せしめて其の真相を調査させた。
以上数次に亘る調査の結果に徴すれば、同町農地委員会における両組合派の抗争は勢いの赴くところ、事務上の渋滞を斎らし、農地改革の平和的且民主的遂行に障害を与えるに至つたばかりか、右障害はその自主的な立場においては到底除去し得ない迄に立至つたのであつて、従つて同委員会には既にそれ自体の責任を全うし得ないことが明瞭であつた。そこで県当局としては諸般の事情を考量し、同委員会に対する抜本的な方策を講ずるの必要を認め此際同委員会はこれを解散せしめ、新たに前記両派の何れにも偏しない委員の選任を得て、同委員会を運営せしめるのが相当であるとの結論に到達し、更に関係方面との協議を経て、結局前記熊本県農地委員会の請求通り本件解散処分を断行するに至つた次第である。従つて叙上の事実に徴すれば該解散処分は結局被告熊本県知事がその正当の権限に基いて行つた適法の行為に外ならないのであつて、毫もこれを無効とする事由は存しない。
次に被告桜井三郎及び同大坪藤一の両名も亦いずれもその前記職責上本件解散処分に関与したに止まるのであつて、所云職務上正当の行為をなしたにすぎないし、且つ該解散処分が原告等の名誉を毀損した事実もない。従つて右両被告か原告等に対し賠償責任を負う何等の理由もないが、仮に右責任があつたとしても、原告等主張の損害額は不当であるから、到底該請求には応じ難いのであつて、原告等の本訴請求はすべて失当として棄却せられなければならない旨述べた。(立証省略)
三、理 由
原告岡武六が熊本県知事によつて、昭和二十二年二月二十日農地調整法第十五条ノ二第二項但書の規定に基き選任せられた熊本県球磨郡湯前町農地委員会の会長で、他の原告等がこれより先昭和二十一年十二月実施の同町農地委員選挙において当選した同町小作層代表農地委員であつたこと、及び被告熊本県知事が熊本県農地委員会の請求により昭和二十二年十一月十五日同町農地委員会の解散命令を発したことは当事者間に争がない。
そこで先づ原告等が本件解散処分の無効確認を求める法律上の利益があるか否かについて判断すれば、元来町農地委員会解散命令は、その形式より見れば当該委員会それ自体のみに対して行われる如くではあるが、その実質上は該委員会を構成する委員全部につきその職を全体的に失わしめることを内容とする行政処分であると解するのが相当であるが、例え被告等主張の如く該処分がその委員会自体に対してのみ、その権限を失わしめることを直接の目的とするとしても、既に該処分によつて新たに委員の選挙が行われ、従つて従前の各委員がすべてその職を失う以上、右失職の効果を以て単なる該解散処分に伴う反射的効果にすぎないとは到底解し難い。むしろ却つて右は即ち該解散処分による法律上の効果に外ならないと云うべきであるから、右何れの理由に徴しても本件解散処分につき原告等がその無効確認を求める法律上の利益を有することは当然で、この点に関する被告の前記主張は到底採用し難い。
ところで市町村農地委員会に対する都道府県知事の解散処分は所謂法規裁量処分と解するのが相当てあるけれども、一面該解散事由が元々農地改革を平和的且民主的に完遂するための行政目的より綜合して判断すべき性質のものであることに徴すれば、右事由の認定に際して処分庁である都道府県知事は、必ずしも当該農地委員会内における個々の事象のみにとらわるべきものではなく、之が当該市町村の農地改革に及ぼす影響、其の他諸般の状況を勘案して決すべく其の間相当裁量の余地を存していると云わなければならない。よつて本件解散処分に果して右の如き裁量の範囲を著しく逸脱した重大且明白な瑕疵があつたか否かについて判断を進めるものとする。
本件解散処分の行はれた湯前町には原告等を幹部とする小作人組合と町長豊永鶴一を組合長とする農民組合とが対立抗争していたこと、昭和二十一年十二月の第一次市町村農地委員選挙において右両組合共夫々自派の委員候補者を立てて争つた結果小作人組合推薦の小作層委員五名並びに農民組合推薦の地主層委員三名及び自作層委員二名が夫々当選し、ここに同町農地委員会はその内部において、右両組合系に属する夫々五人の各同数委員により裁然と分れて対立するに至つたから、同委員会においては先づ発足当初の会長互選に際してその決を行うことができず、遂にその自主的選任が不能となつたこと、よつて熊本県知事は昭和二十二年二月二十日農地調整法の規定を発動して小作人組合長である原告岡武六をその会長に官選したこと、昭和二十二年五月農民組合に属する浜崎前外五名は、同町農地委員会長原告岡武六が正当に選任せられた会長ではない旨主張し、同原告を相手とし熊本地方裁判所人吉支部に仮処分を申請し、同月二十二日同原告の前記会長の職務執行停止仮処分決定を受けてこれを執行し、更に人吉簡易裁判所にも同原告を相手とする行政処分不存在確認及び損害賠償請求等の訴を提起したので、同原告は右仮処分につき異議を申立てたため、右仮処分は後に至り取消されたこと、町長豊永鶴一は更に同年七月二十二日熊本県農地委員会に対し同町農地委員会における事務の渋滞、会長の不適任等を理由に挙げて至急熊本県知事に同町農地委員会解散命令請求の決議をせられたい旨上申書を以て申立てたから、右申立につき同県委員会においては特別委員を選任しその実情を調査せしめ、該調査の結果に基き、同月三十日討議の結果賛成十四票、反対四票の多数決を以て熊本県知事に対する同町農地委員会解散命令請求の決議をなし、同月三十一日其旨の請求をなしたこと、同年十月三日同町青年団から熊本県知事宛に同町農地委員会を解散せられたい旨の上申が為され、同月十日同町小作層農民等からも亦右同旨の上申が為されたこと、同月二十五日同町農地委員西政治外四名が連袂して辞職の申出をなすに至つたことは当事者間に争がない。
以上当事者間に争のない事実に徴するも、当時湯前町の農地委員会は前記二つの組合の対立抗争をそのまま委員会内部に持ち込み紛争を続けていた事実を認めることができる。只右の如き紛争を惹起するに至つた理由としては原被告の主張するところ、必ずしも一致せず、原告は町長豊永鶴一を主謀者とする農民組合系の悪質な策謀によるものとなし、被告はこれに反し原告岡が委員長としての手腕に欠けていた点及びその独裁的傾向にその原因があるかのように主張しているのであつて、この点に関する証人田中覚(同町小作人層農地委員)、同豊永鶴一(同町長)同深水徳三郎(同町青年団長)等の各証言は各自の立場において為された証言だけに、何れも其の総てを其のまま信用することはできないが、然し右三証人の証言に徴するも、その理由は別として当時の同町農地委員会内の対立抗争が如何に激烈であつたかはこれを窺うことができる。
而して右の如き農地委員会内部における軋轢は、その当然の結果として農地改革をめぐる事務の渋滞、不手際を誘発したものであつてそのことは各原本の存在及び成立に争のない乙第三、四号証、同第五号証の二、同第六号証の二、証人島津止才夫の証言により原本の存在及びその真正の成立を認め得る同第五号証の一に同証人、証人宮本貞雄の各証言を綜合することにより次のことが認められることによつても明かである。
即ち(一)会長官選後前記両組合系委員の対立は何等緩和せられず、その議事は殆んど五対五に分れて容易に意見の纏らないのが通例であつたから、いきおいその提案事項は会長の裁決によつて決せられる機会が多く、所云会長独裁の危険があつたこと、従つて同委員会においては会長の手腕に俟つところが多かつたと云うべきであるにもかかわらず、会長岡武六は予て小作人の地位向上に熱心のあまり、地主階級に対する闘争的態度が強かつた上議事に際して説明的提案が多く、その議事運営振りは必ずしも妥当でなかつたこと、及び他面同原告を除く各委員の発言が尠くてその態度が低調であつたこと。
(二) 審議に付した農地調整法に基く賃貸借解約、所有権移転、使用目的変更等に関する許可申請には、元来同委員会自体の許否の意見を付し熊本県知事に進達すべきであるのにこれを怠つた事例が多いこと、これを昭和二十二年四月頃から同年六月頃迄の審議事件について見れば、総数二十八件中許否の意見を付したのは僅かに六件で、十七件につき双方意見上申と称し、当事者の意見を報告するに止め、五件につき状況具申と称し、右同様の意見に同委員会の調査結果を付していたこと。
(三) 同委員会の経費はすべて町費を以て支弁せられる関係上、右経理関係事務については同町役場との連絡を密にし、主要事項につき協議を行うべきであるのに、会長岡武六及び部下職員等は同委員会における職員の採用、予算の策定等につき殆んど右連絡及び協議を行わなかつたこと。
(四) 昭和二十二年五月頃会長岡武六が月余に亘り病気等のため執務できなかつたにもかかわらず、其の間会長代理を選任しなかつたこと。
(五) 同委員会の議事録には極めて不備な点が多かつたこと、即ち右議事録には元来討議の模様を具体的に記載すべきであるにもかかわらず、特にその初期のものには、「小会議続き」、「審議を了した」等の抽象的辞句を以て右記載を省略し、その頁数も毎回僅か三、四頁であつたが、昭和二十三年三月一日より同月十四日迄の五回の議事に関しては全然議事録を欠如していること。
(六) 自作農創設特別措置法により従覧に供した買収計画書等の作成が極めて粗雑であつたこと。
以上湯前町農地委員会内部における委員相互の対立抗争、右対立抗争の原因となつた同町二派の農民組合の軋轢、之等の紛争をめぐる同町住民の動向及び同委員会内部における事務の渋滞等につき詳述したのであるが、次にこの間に処し県当局の採つた態度に言及するに、昭和二十二年七月三十一日被告知事は熊本県農地委員会から右湯前町農地委員会の解散命令を発すべき旨の請求を受けるや、同年八月八日及び同月二十二日の二回に亘り部下職員を現地に派遣し実情調査を為さしめ、其の結果前説示の如き結果の報告を得たのであるが、被告知事は尚も慎重を期し同町農地委員会自体の反省及び努力による事態の改善、自主的解決方を期待していたところ、同年十月三日に同町青年団から、次いで同月十日同町の一部小作層代表農民から、夫々同様同町農地委員会を解散すべき旨の申出があつた。被告知事は之に対しても尚、事の重大性に鑑み依然静観の態度を持していたのであるが、同月二十五日原告等に反対する同町農地委員五名が連袂辞職の申出を為すに及び同年十一月五日、同県農地部長大坪藤一を更に現地に派遣し具さに実情を調査せしめた上前記の如き事情を確認して本件解散命令を出すに至つたのであつて、右事実は前記各証拠及び本件弁論の全趣旨により之を認めることができる。之を要するに、湯前町農地委員会における両組合の対立抗争は勢いの赴くところ、その事務の渋滞を斎らし農地改革の平和的且民主的遂行に障害を与えるに至つたばかりか、右障害は同委員会の自主的な力では到底之を除去することができず、従つて同委員会は其の責任において農地改革と云う重大任務を遂行し得ない状況に立ち到つたので、以上諸般の事情を考量して、被告知事が真に止むを得ずとして同農地委員会に対し本件解散処分を断行したことは誠に時宜を得た正当な措置であつたと認めざるを得ない。
原告は同町農地委員会内において、前記両組合に所属する両派の委員が対立したのは両組合の性格の差異から来る当然の帰結であり、又原告等に反対する五名の委員が連袂辞職の挙に出たのは被告知事を脅迫して解散命令を出させようと企図したもので、之等を理由とする本件の解散処分は違法であると主張するのであるが、元々農地委員会が地主、自作及び小作等各層選出委員により構成せられるものである以上、各階層の委員がその所属する階層の利益を代表し、或る程度対立状態を来すことは当然予想されることであつて、窮極に於て事案を平和的、民主的に解決し得る以上其の一過程における一時的対立の如きは固より問題にするに足りないのであるが、本件農地委員会内における対立抗争が右の如き一般的問題と同視することのできないことは前段説示により明かであるので、原告の右の主張は理由がない。又原告等に反対する五委員の連袂辞職を以て被告知事に対する脅迫手段であるとなすの主張であるが、右五委員の連袂辞職が被告知事に対し本件解散処分を断行さすための最後の手段として採られたものであることは諸般の状況に照し、之を窺い得るとしても、農地委員会を構成する半数の委員が原告等と共に任務に就くを好まず、連袂辞職の挙に出た以上、之等の辞職委員に対する補欠選挙の如き姑息の手段を以ては前叙の如く悪化した同農地委員会の民主的な立直しは到底期待できないものと云うべく、且つ被告知事が右五委員の連袂辞職により脅迫されたと言うに到つては之を認むべき何等の証拠もないので、この点に関する原告の主張も理由がない。
即ち被告知事の為した本件農地委員会解散処分には原告の主張するように被告知事としてその裁量を誤つた違法もなければ、他に之を無効にするような事由もないので、これが無効の確認を求める原告の請求は理由がない。
次に被告桜井三郎、同大坪藤一に対する損害賠償の請求であるが、被告桜井が熊本県知事として本件農地委員会の解散処分をなし、又被告大坪が同県農地部長として、之に関与したことは前説示の通りであるが、何れもその職務上之をなしたのであつて、而も其の処分自体が前認定の如く正当のものである以上、その之を為したことの理由に基き損害賠償を求められるいわれがないので、同被告等に対する請求も亦失当である。
仍て原告の本訴請求を総て理由なしとして棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十三条第一項を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 浦野憲雄 安仁屋賢精 松本敏男)